尾崎彩 一絃琴サロンコンサート

【日時】525日(土) 開場/13:30 開演/14:00
【開場】古民家スタジオ・イシワタリ 1
【入場料】500円(コーヒー・茶菓付き)
【ご予約・お問い合わせ】090-9388-8928(尾崎)



平家ゆかりの須磨寺から、源氏ゆかりの鎌倉へ。


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見た目以上に難しい、一絃多音の世界。


 3歳から琴、10歳から三味線をはじめ、12歳でチェロに出会いました。チェロは、ほんの一時かじった程度でしたが、大学在学中にアマチュアのオーケストラに入り、再び弾くようになりました。その頃から、いろいろな楽器に目を向けるようになり、母が弾いていた一絃琴にも興味を持つようになりました。

 一絃琴はその名の通り、1本の絃で音を出します。幼少の頃から慣れ親しんできた十三絃琴に比べると、絃の数が少ないぶん、簡単そうに見えますが、実際は見た目以上に難しいものでした。なぜなら、十三絃琴は、一絃はじけば、一つの音を奏でることができますが、一絃琴は一絃多音のため、自分で音を作らなければならないからです。
 また、歌に対する表現方法も、十三絃琴とは異なり、一絃琴はより情熱的に唄います。一本の絃で音を作り、感情を込めて和歌を唄う。気がつくと私は、これまで親しんできたどの楽器よりも一絃琴に向かう時間を心地よく思うようになりました。なぜなら、自分の気持ちに素直になれたからです。

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誰も傷つけず、誰にも躊躇せず
自分の気持ちに素直になれる時間。


 人は自分の感情を誰かに伝えるとき、言葉や行いで表現をします。ところが、ときには、その言葉や行いによって、誰かを傷つけてしまうこともあります。自分の気持ちを人に伝えるのって難しいな……、そんなときに出会ったのが、一絃琴だったのです。一絃琴を弾いているときは、誰も傷つけることもなく、誰にも躊躇することもなく、自分の気持ちを素直に表現することができました。それは、私にとって初めての経験でした。
 
 一絃琴の歴史は、遙か昔、平安時代に遡ります。一絃琴は、別名「須磨琴」と言われるように、現・兵庫県神戸市にある須磨寺が発祥の地とされています。理由は明かではありませんが、御門から左遷を余儀なくされた中納言在原行平(在原業平の兄)が、須磨の地の流され、悲しみに暮れていたとき、須磨の渚に打ち寄せられた舟板を拾い、それに冠の緒を張り、岸辺の葦を指にはめて、自らの寂しい境涯を慰めたのがはじまりと伝えられています。
 一絃琴が書物などの記録に残っているのは、江戸時代になってからで、坂本龍馬などの幕末の武士たちにも親しまれていたと言います。行平も龍馬も、実際はどんな気持ちで一絃琴を奏でたのかは分かりませんが、一絃琴には人を素直にさせる何かがあると思わずにはいられません。

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須磨で生まれた一絃琴を、鎌倉に広めるのが私の夢。


 一絃琴の発祥の地とされる須磨寺は、源平最後の合戦地に近い古寺で、平家ゆかりの地として知られています。私はその須磨寺のある神戸近辺で、生まれ育ちました。一方、私に一絃琴を教えてくれた母は、鎌倉生まれの鎌倉育ち。幼少時代には、よく母の実家があった鎌倉へ遊びに行ったものです。そんな思い出があってか、結婚し、夫の転勤で関東に暮らすことになったとき、まっ先に住みたいと思った街が鎌倉でした。

 そして、また、鎌倉には何か縁を感じるものがありました。須磨で生まれたといわれる一絃琴は、私が所属している須磨保存会にも、いくつかの会があります。けれども、ほかの邦楽に比べると、一絃琴の良さは世の中にはまだ知られていません。一絃琴を愛し、一絃琴に救われた私は、いつしか一絃琴のすばらしさを、私の第二の故郷ともいえる鎌倉で伝えていきたいと思うようになりました。平家ゆかりの須磨寺から、源氏ゆかりの鎌倉へ。これもまた、何かの縁かもしれません。

 古民家スタジオ・イシワタリとの出会いは、昨年秋。家の前を通ったとき、今はなき祖父母の家を思い出させる懐かしさを覚えました。実際、家の中に入ってみると、祖父母の家と重なるものがたくさんありました。残念ながら、祖父母の家は残すことができませんでしたが、同じ鎌倉に今もなおこのような家が残っていることを嬉しく思いました。
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 そして、古い家をなんとか維持しながら、その良さを伝えていこうとするイシワタリの管理人ご夫妻の姿勢に、邦楽の中でもあまり知られていない一絃琴のすばらしさを伝えていきたいという私の願いが重なるように思えたのです。

 「一絃琴サロンコンサート」では、独り善がりの演奏ではなく、お客さまと一緒に、この楽器が出す音の良さを分かち合えたらいいなと思っています。これまで、演奏会といえばコンサートホールでしかやったことのない私が、古民家でどんな演奏をできるか未知ではありますが、15年間共に過ごした一絃琴で、今の自分の気持ちを表現したいと思います。
(
聞き手:石渡真由美 写真:福井隆也)

【プロフィール】
尾崎 彩 Ozaki Aya
幼少より生田流箏曲・三絃、チェロに親しむ。1988年より、母親の手ほどきを受け、一絃琴をはじめる。兵庫県無形文化財保持者・小池美代子氏に師事。NHK邦楽技能者育成会49期卒業。一絃琴須磨保存会・師範。